名古屋高等裁判所 昭和43年(う)300号 判決 1968年9月30日
本店所在地
豊橋市東新町八五番地
繊維製品製造加工販売業
高橋合繊株式会社
右代表者代表取締役
高橋恒之
本籍ならびに住居
豊橋市東新町八五番地
会社代表取締役
高橋恒之
大正一四年九月一一日生
右の被告会社および被告人に対する昭和四〇年法律第三四号による改正前の法人税法違反、法人税法違反被告事件につき、名古屋地方裁判所が昭和四三年四月一八日言い渡した各有罪判決に対し、原審弁護人から違法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官船越信勝出席のうえ、審理をして、次のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人後藤紀作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用するが、その要旨は、原判決の被告会社および被告人高橋に対する各量刑が、重過ぎて不当である、というのである。
所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調べの結果を参酌したうえ、証拠に現われた諸般の情状、特に、本件各犯行は約三年間に亘つて敢行された法人税法違反の案件であつて、その手段、方法もこの種事犯として悪質であると認められること、更には、本件各犯行の逋脱額が合計一、八三八万一、六四〇円の巨額に及ぶことなど、当該被告人の関係部分につき、当該被告人に関し考慮すれば、原判決の被告人両名に対する各量刑措置はこれを相当として是認すべきであり、これが重きに失する事情を認め得ない。所論指摘の諸事情中、被告会社か、本件の行政罰として課せられた重加算税等を、既に納税済である点については、原審においても、これを量刑上考慮に容れた趣旨が記録上十分窺われ、当審において、あらたにこれを被告人の利益に斟酌しても、未だもつて、原判決の量刑を更に軽減する事由とするに足りない。論旨はいずれも理由がない。
よつて、本件各控訴は、いずれもその理由がないので、各刑事訴訟法第三九六条に則り、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 上田孝造 裁判官 藤本忠雄 裁判官 服部正明)
昭和四三年(う)第三〇〇号
控訴趣意書
昭和四〇年法律第三四号による改正前の法人税法違反等
被告人 高橋恒之
同 高橋合繊株式会社
同 右代表取締役 高橋恒之
右の者に対する各頭書被告事件につき、同被告人等が申立てた控訴の趣意は左記のとおりである。
昭和四三年七月一〇日
豊橋市中柴町六六番地
右弁護人 後藤紀
名古屋高等裁判所
刑事第一部 御中
記
原半決は、刑の量定が不当であつて破棄を免れないと信ずる。
原審裁判所は、
(一) 被告人高橋恒之に対し、懲役一〇月(執行猶予三年)及び罰金二五〇万円、
(二) 同高橋合繊株式会社(以下被告会社と略称する)に対し、罰金三五〇万円、
に各処する旨の判決を言渡したが、次に述べる事情を考慮するとき、右刑の量定は余りにも重きにすぎ不当であると考える。
一、(脱税の動機)
被告会社は、合成繊維分繊糸の製造販売を業とし、資本金一千万円、分繊糸機六〇台、従業員約一八〇名を有する会社であり、被告人高橋恒之は同被告会社の代表取締役である。
被告人高橋は、被告会社のため、昭和三七年七月七日より同四〇年六月三〇日までの間、原判決の認定した金額の法人税のほ脱をなしたことは結果的に誤りのないところではあるが、その動機は凡て、被告会社のためになしたところであり、検察官も認めるとおり、当時分繊糸業界が全国的に極めて不安定な状態におかれ、殊に分繊糸特許権の問題をめぐり特許紛争があり、ために同業者等は何度となく之が対策を種々協議した課果、特許紛争対策資金の蓄積をしなければならないという結論を導き、遂には被告人高橋は、被告会社の代表取締役であるということから、同被告会社の下請業者に対し発注した所謂外注工賃(被告会社より下請業者に対して支払うべき工賃)の一部をも特許紛争対策資金として、自己の名で、預金すべきことの依頼を受けた関係もあり、極力、被告会社の安定と発展を願う一念に端を発し、ひいては同会社の企業の合理化と設備投資の拡充を計るため、遂に本件ほ脱に及んだものである。
序ながら、当時の分繊糸業界においては、委託加工による場合、発注者より認められたロス率は、同業界が初められて間がなかつた関係上、約五乃至三パーセントであつたので、分繊糸機械設備と労働力とをより一層拡充することによつて、実際に生ずるロスを最低限度にくいとどめれば、その差は簿外財産視し得るという状況下にあつた。従つて、斯かる状況も、ほ脱の動機の一因をなしていたと言えると思う。
二、(脱税による利害の不存在)
被告人高橋恒之が、前記のような事情から、唯、被告会社のためという一念から法人税のほ脱をしたけれども、その結果は、同被告人個人のためはもとより、被告会社のために何等の利得も存していない。
つまり法人税のほ脱をした結果は、被告会社の所有に帰する不動産若しくは分繊糸機械設備の購入にその凡てが当られた訳であつて、斯かる被告会社の購入は、税法上、必要経費としての控除、若しくはその余の控除は認められず、結局、被告会社財産の購入ということで、その年度決算において、被原され、然るべき税金を支払わねばならないこととなるからである。
被告人高橋は、前述のように、唯会社の設備拡充とその発展を願う余り、本件ほ脱をなしたのであつて、その結果は、本件所為と関係なく、何等の利得する処もなかつた訳である。
三、(重加算税等の凡ての納付)
本件ほ脱は、前叙のように、被告会社の不動産購入若しくは機械設備の拡充が現実化したために発覚し、国税庁による特別調査がなされて明らかとなつたのではあるけれども、同調査により法人税ほ脱の金額が明確となり、結局、被告会社は、本税として金二六〇〇万円、そしてその重加算税、更に事業税、県、市民税、及び利息等、合計約四〇〇〇万円に及ぶ諸税を既に国又は地方公共団体に対し支払つており、国又は地方公共団体は、被告会社の法人税ほ脱による損失は補填されている現状である。
四、(法人税申告の適正と企業の合理化)
被告人高橋恒之は、被告会社の代表取締役としての立場からも、本件所為を深く反省し改悛すると共に、今後における被告会社の中小企業としての経営は、労働者の福利厚生を計ることによる労働力の強化と、適正な会計処理による経営の合理化にあることを痛感し、経営の面では、豊橋市でも有数な藤原会計事務所に依頼し、被告会社の会計計理は凡て同事務所に一任し、同事務所による経営管理指導を受けることとし、昭和四二年度より担当してもらつている。
その結果、被告会社は、同年度の法人税申告については、豊橋税務署より「実調時の申告指導事績表、法人税の調査結果のお知らせ」と題する書面にて、その適正である旨の通知を受領している現今であり、将来も、決して本件のような犯行をしないように厳に誓つている次第である。
五、(現在の経営状態と罰金による加重)
被告会社は、昭和四二年一二月頃より、分繊糸業界が相当に不況となつたため、被告人高橋恒之は、一時は日夜悩み、企業経営合理化のため従業員の整理(解雇)を考えたが、従業員の路頭に迷う姿を見るに忍びず、一念発起して、婦人靴下、フエアシームレスの製造販売をするコネクシヨンを得て、現在どうにか軌道にのりつつある現状である。
斯かる状勢にあつて、原判決は被告会社に対し、前記のように罰金三五〇万円の言渡をしたのであるが、以上述べた諸点を考慮すると、右罰金は余りにも重きに過ぎると思われる。
被告会社が現在三五〇万円の支払をしなければならないことになると、或いは従業員への間接的重圧が科せられることになるのではなかろうか。
六、(被告人高橋恒之に対する罰金)
私は、本件においては、被告会社の代表取締役である被告人高橋恒之に対し罰金刑を併科すべきではないと考える。
(一) 本件においては、被告人高橋が被告会社の法人税のほ脱をし、以て私利を計つたという事案ではなく、同被告人は、専ら、被告会社の前途を想う余り犯したものであつて、若し同ほ脱によりその頃、多少の利得が存したとしても、それは凡て、被告会社、ひいては従業員一同のためのものであり、左様な利得も、前述のように結果的には複原されて、直接間接に、国若しくは公共団体に諸税として支払つているのであり、更には、法人税ほ脱による金額は、ことごとく、所定の法条に従つて算出された税金(殊に之には、行政罰としての重加算税も含まれていること前述のとおりである)を凡て納付し、本件による実害は発生しなかつたことになつているのである。
(二) そして被告人高橋は、本件につき深く改悛していることは前叙のとおりである。
(三) 以上を考慮するとき、被告人高橋については、懲役刑を科すのみで、その目的は充分過ぎる程達しているものというべく、罰金刑の併科は不当であると思う。
(四) 若し仮りに、罰金刑の併科は己むを得ないとすれば、以上の諸事情を御惨酌賜り、被告人高橋恒之に対し出来得る限りの御減刑を賜り度いと思う。